スズナリです
「俺は、君のためにこそ死ににいく」の
B班の撮影が6月21日にアップしました。
このB班の撮影は、戦闘機「隼」のコックピット内の特攻隊員の
表情であったり、突撃される戦艦の甲板のアメリカ兵の様子を
ブルー(グリーン)バックで撮影しました。
「隼」に搭乗した中西(徳重聡さん)は
毅然とし、表情が引き締まり、
気迫に満ち溢れていました。
「隼」コックピットの撮影では、追撃される
シーンもありました。
特攻隊員のリアルな表情を、是非スクリーンでご覧下さい。
また、「隼」に突撃される米戦艦の逃げ惑う米兵の表情も
リアルに撮影されています。
忘れてはいけないのが突撃した特攻隊員、
突撃された戦艦の米兵、
どちらにも愛する人や家族がいたという事です。
スズナリです。こんばんは
5月2日~5月5日まで知覧へ行って参りました。
知覧でのスズナリ日記をお便りいたします。
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2日、11:30に鹿児島空港に到着。
(羽田空港で20分ぐらい離陸するのが遅れましたが…)
鹿児島の空は曇り
ビックリしたのが鹿児島空港に天然温泉の足湯がある事。
「おおっ、帰りに入ろう」
とメイキングクルー。
おいおい、もう帰りの話ですか?まだ1つも撮影していませんが…
雨は降らず、とりあえず安心。
予約してあるレンタカーに、東京から持ってきた重たい撮影機材を積み込み、
向かうは、いざ知覧!!
鹿児島空港から1時間ちょっと。
途中、メイキングディレクターに「あれが桜島だよ」と言われ、
「あ、あれですか?あの、うっすら見える山。へぇ~」と言ったものの
天気が悪く私には見えませんでした
九州自動車道を南下すると指宿スカイラインにつながり
すごいカーブの連続。
おっ、このまま気分が悪くなるかも…
スズナリ軍曹はここで車酔いの為、メイキング班から脱落か!?
と思いましたが無事到着。
知覧の町はとても穏やかでした。
なんだかほっとするなぁ~と思っていると
車窓から見える“ホタル館”と“富屋旅館”の看板。
ここが実際、トメさんと特攻隊員が触れ合った場所…。
と思うと胸がジーンと来ました。
必ず寄りたい。必ずここだけは見ておきたい。と心に誓いました。
特攻平和会館までの道の左右には石灯籠が並んでいました。
およそ2kmぐらいでしょうか。
この石灯籠、戦没特攻隊員と同数の1,036基が並んでいるとの事。
灯籠1つ1つに重みを感じました。
明日3日は慰霊祭。
慰霊祭に備え、撮影の打合せを入念にしました。
慰霊祭では、特攻隊員達へ心からお祈りを捧げたいと思います。
スズナリ軍曹です。こんにちは
先日撮影現場に行って来ました。
スタジオに入って最初にお会いしたのは
多部未華子さんとマネージャーさん。
挨拶をする私を見て、マネージャーさんが
「モンチッチみたい!!」と。
多部さんも「ほんとだ、モンチッチだ」と笑顔。
モンチッチってあのおサルさんのお人形!?
うーん、確かに似ているかも…。髪型が…。
カワイイからいいじゃん、モンチッチ~と
うかれていたら隣にゆっちんが…。
ゆっちんは何も言っていませんでしたが、顔には確かに
「いや、スズナリ軍曹、全くカワイク無いから」
と書いてありました
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多部さんが演じるのは、トメさんの次女の鳥濱礼子さん。
礼子さんは特攻基地で、特攻隊員らの身のまわりのお世話や
洗濯、食事の運搬、そして出撃をする隊員を見送る【奉仕隊】でした。
この日の最初の撮影は早朝の富屋食堂。
鳥濱家の朝食。
学校からの電話で礼子さんに制服とモンペを着て、
飛行場に向かうように指示が来るシーンでした。
この日から、特攻基地で働く事になる礼子さん。
特攻隊員たちと触れ合っていた礼子さんを演じる多部さん。
どんなお気持ちで役に挑んでいるのか今度聞いてみようかなぁ。
こんにちは、スズナリ軍曹です
先日、私にある指令が出されました。
それは、5月3日の知覧特攻基地戦没者慰霊祭の模様を
取材する事。
メイキングクルーと一緒に知覧へ行ってきます
昭和20年3月に本土最南端航空基地として陸軍最後の特攻基地となり、
若き勇士がこの地から飛び立ち、散華した思い出深き土地・知覧。
私はこの知覧へ赴ける事を深く感謝しています。
この作品の為だけでなく、戦争を知らない者の一人として
貴重なお話を色々聞いて参りたいと思います。
ゆっちんが紹介しております
知覧特攻平和会館や富屋食堂も訪れてきます。
後日、慰霊祭のお話を綴ったお便りを
皆様にお届けいたします。